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坂 敬一郎

現在、半田市新見南吉記念館近隣で、悠々とは異なり、自適に趣味の世界に生きています。生活指導と陸上競技の顧問としての東浦高校は、脂の乗り切った充実した10年間でした。10月の同窓会で逢えるのを楽しみにしています。

平林 宏

東浦高校同窓生の皆さんへ S55.4月〜S63.3月まで、8年間お世話になった、野球部監督、平林宏です。もう一度、東浦高校に戻り強い野球部の復活をさせたいと思っています。新任時代のこの東浦高校には、とても愛着を感じています。

 

平良 徹

東浦高では19年間お世話になりました。現在は半田商業高校で、元気にやっています。10月14日多くの卒業生にお会いできるのを楽しみにしています。 
半田商業高校 平良 徹

 

岩瀬 光博

東浦高では昭和58年から平成12年まで18年間お世話になりました。担任は6年しか持ちませんでしたが、生徒指導6年、教務4年、総務1年、バスケットボール部顧問18年と、それぞれいろいろな思い出でいっぱいです。東浦を離れて、もう9年目になります。今は春日井南というところで、元気にやっています。電車通勤なので、ときおりJRで卒業生を見かけます。10月14日多くの卒業生にお会いできるのを楽しみにしています。みんな、集まれー! 愛知県立春日井南高等学校 岩瀬 光博

 

大野 憲一

<当時の想い出>30歳からの東浦高23年、授業、生徒会、防災訓練、組合、酒、若き仲間達。私の青春でした。

 

大木 慶志

平成元年から7年、お世話になりました大木です。近くに住んでいてもなかなか卒業生の皆さんと顔を合わす機会がありませんでしたが、このような企画に参加させて頂けて大変感謝しております。当日は緊張しているかも知れませんので優しく声をかけてください。楽しみにしてます。

 

岡本 久生

<当時の想い出>私が東浦高校に赴任したときは、52歳。それから30年が経ちました。初めて東浦高校に進学クラスが2クラス編成され、希望に燃えた諸君が入学してきました。生徒も担当教員も、一丸となって熱心に、また楽しく勉学にいそしんだものでした。その生徒諸君たちも、それぞれ今、立派な社会人となって各方面で活躍されていることでしょう。御健闘をお祈りしています。また、山森先生のクラスで英語を教えたことも、私には忘れられない思い出です。やんちゃな男子生徒たち、かわいい女子生徒たち、すばらしいお父さん、お母さんになっているんだろうな!会いたいな!

 

加藤 貞夫

<当時の想い出>坂道を踏みしめて登った冨士塚の丘の学び舎は、先生たち生徒の皆さん、ともどもひたむきに取り組んだ場でした。
<近況>書物は読み続けようと努めている日々です。

 

大久保 義男

<当時の想い出>「東高再生」を揚げ、平成16年から3年間校長として務めさせていただきました。生徒の皆さんにはこのスローガンによく応えていただき、日々目に見える形で意識改革が進んでいったのを嬉しく思いました。特に離任の時、体育館に響き渡る校歌には大いに感激しました。
<近況>退職後、愛知淑徳大学の常勤教員として再び教壇に立っております。担当する科目が多く教材研究に追われながらも、充実した日々を過ごしております。

 

新美 進作

<近況>多忙な毎日です。孫の成長と海外旅行を楽しみに充実した老後を過ごしています。しかし、老人ですので毎年のように入退院を繰り返しです。やはり健康第一です。皆さんも健康でいい人生を送ってください。

 

内藤 六市

<当時の想い出>平成2年4月から7年3月まで、校長としてお世話になりました。5年間の思い出としては、若手で熱心な先生方が生徒の指導に全力投球をされており、それに応えるように純朴な地元の生徒たちが、部活動に勉強にひたむきに努力しており、私には理想に近い学園でした。部活動で特筆すべき成果がありました。手作りの周年行事も忘れられません。
<近況>公立学校教員を退職して7年目になります。もともと農家の長男ですので、家業の農業と町のボランティア活動とほんの少しの大学での講師の仕事で、ゆったりとした老後の生活を送っています。

 

門井 正気

<当時の想い出>在任中の平成14年、ちょうど創立30周年を迎えました。大勢の皆様方のご尽力により立派な行事を催すことができましたが、その折に植生したカンツバキとフジザクラは今でも花をつけるのでしょうか。
 明るく元気な生徒と熱心な職員の方々に囲まれ、保護者と同窓会の皆様方の暖かいご支援をいただきながら、教員生活最後の3年間を本当に気持ち良く過ごさせていただき感謝しています。
<近況>定年退職して6年目。健康に恵まれ、現在は週の半分は仕事に出かけ、残りの半分は地域への恩返しと家の雑用という日々を過ごしています。

 

平野 勝昭

<当時の想い出>新任校長としての3年間の方針として、英語教師でない私が英語格言や文言を掲げる事に一抹のためらいを感じつつ次の三つを計画した。
1年目 No Pains No gains
2年目 One Year One Inch
3年目 School Identity
1日1回以上は校内外を巡回したが、放課時2階の窓から「ノーペイン ノーゲインが来た」の声が聞こえた事が度々あり嬉しかった。
<近況>現在名古屋郊外のマンションで管理人をして毎日充実した生活をしています。教師、校長だった事が知れわたり、住人、子供達から「先生」とか「校長先生」と呼ばれる事が度々あります。ひやかされている面もありますが親しまれている事は間違いなく嬉しくなります。

 

成田 重忠

<当時の想い出>平成3年(1991)から平成9年(1997)まで教頭として務めさせていただきました。新任のうえに教頭が一人になってしまい右往左往した思い出が多いです。PTA始め地域の方、職員、学生に支えられ喜びも多かった時でした。20周年の時でもありましたので、その準備や当日の事がいろいろと思い出されます。特にその時作られた「記念法」は担当者の心の込ったもので、本校にとっては貴重な資料の一つだと思います。
<近況>退職後、アメリカと中国の大学で日本語教師として務めてきました。去年(2008)帰国して、その間の経験を生かしながら、ボランティア活動などしています。久しぶりに日本の生活を楽しんでいます。お役に立つことがあればお知らせ下さい。

 

山崎 正虎

<当時の想い出>刈高東浦分校の各離独立で初年度から3学年構成の異色の新設計として発足しました。当時オイルショックの影響で、予定通り学校建設が進まず期日に開校できるか危ぶまれました。が、開校式、移籍式、入学式と順調に行われ、その後校訓・校歌の制定、校旗の樹立、更には学習・生活指導や野外活動・修学旅行、校内の植樹、芝生張りなど学校運営の基盤づくりに苦労を重ねました。懐かしい想い出と同時にその当時の皆さんに感謝の思いで一杯です。
<近況>当然のことながら健康こそが人生を有意義に過ごせる基本だとつくづく思っています。今は、住んでいるところの町内の役も終え家庭菜園とグランドゴルフなどで健康の維持管理に明け暮れています。




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